不知火光右衛門(有名人)・歴史・人物

不知火光右衛門(しらぬいみつえもん)は大相撲の力士。最高位は大関。本姓は平野。

安永4年(1775年)生、文化元年7月14日(1804年8月19日)没。第11代横綱。不知火光右衛門(しらぬいみつえもん(読みはこうえもん説あり)、文政8年(1825年)-明治12年(1879年)2月24日)とは、財団法人日本相撲協会が認定している第11代横綱である。本名は原野→近久峰松。

福岡県山田市(現嘉麻市)出身。身長177cm、体重120kgと伝わる。2つの横綱土俵入りのうち、雲龍型の考案者であるといわれている。しかし、不知火と第10代横綱の雲龍久吉の土俵入りが立派であったため後世に名が残されたとの見方もある。)色白でかなりの美男子であったといわれているが、錦絵は確かにそうだが写真で見ればなぜそうなったのか疑問符がつく。

同郷の先代不知火(諾)の弟子となり、大坂相撲で修行する。
update:2009年08月17日